• 外国人・グローバル人材
  • 更新日:

「VUCA+H」時代を勝ち抜く生存戦略―なぜ今、企業は「多様性」と向き合うべきなのか?

国際協力の第一線で活躍されてきた戸田隆夫氏が語る、共創と組織革新の真実

「VUCA+H」時代を勝ち抜く生存戦略―なぜ今、企業は「多様性」と向き合うべきなのか?

1990年代後半からの「失われた30年」を経て、世界における日本のGDPシェアや国際的ポジションは大きく変化しました。多様性(ダイバーシティ)を単なる「外国人雇用」や「コスト・綺麗事」として捉えるのではなく、急速に変化する現代(VUCA+H)における企業の生存戦略・成長戦略としてどう再定義すべきか。国際開発協力の実務の第一線で活躍されてきた戸田隆夫氏が、実体験とグローバルな視座から論じます。

組織の多様性や共創の推進にお悩みではありませんか?

  • 外国人材との共創が進まない
  • 多様性推進が綺麗事で終わる
  • 組織の同質性を打破したい
  • 不確実な時代のリーダー育成
  • 異文化理解研修を取り入れたい

本コラムでは、日本のGDPシェア推移や「VUCA+H」時代の生存戦略から、戸田隆夫氏が「多様性」の真意義とビジネスにおける共創の可能性について分かりやすく解説します。

\まずは無料お試し・講座資料請求はこちら/
無料お試し・ご相談
外国人雇用管理主任者認定講座の詳細を見る

1. 金太郎飴の「オールジャパン」

1990年代後半、日本のGDPのシェアは最大で17%超。バブル崩壊後も、日本は依然として世界経済の巨人であり、アメリカにとって最大の脅威であった。ちなみに、世界経済における今の日本のシェアは最盛期の5分の1(3.5%)。国際協力・国際開発の業界でも、日本は、トップドナーとして、世界をリードした。途上国の人々のみならず、国際機関やドナー社会などでも広くもてはやされた。日本、といえば、どこに行ってもちやほやされた。

当時、大来佐武郎氏(1993年没)の遺志が込められた集まりに参加することがあった。日本の民間と官界の若手が、組織や業態の垣根を越えて、集まり、つながり、互いに切磋琢磨することを目指したものである。会合は一年間続いた。毎回、ゲストに各界の著名人が招聘される。会合の後は必ず、「みんなで飲みに行ってください」との主催者側の一言。

各界の最先端を行くゲストの語りは、素晴らしかった。しかし、(30年経った今だから言えるが)そのあとの二次会はつまらなかった。いや、つまらないどころか、日本の将来に対して私自身が漠然と抱いていた不安を裏付け、増幅するものであった。

「このままでは日本は、確実にダメになる。」

各界の若手エリートたちの話題は、始めたばかりのゴルフであり、流行のグルメであり、エンタテインメントであり、そして何より、わがままな上司への愚痴、忖度や尻拭いの苦労話で盛り上がった。それぞれの専門領域の垣根を越えて、日本の未来を語り合う、という、おそらく大来さんが切望したであろう熱い若者たちの議論はそこにはなかった。

明治維新、大正デモクラシー、戦後復興期、、、日本では、時代の転換点で、若者たちが垣根を越えて集まり、未来を語り、つながり、行動を起こしてきた。しかし、バブル崩壊後も、まだまだ勢いのあった日本経済と社会に危機感はなかった。当時の若者たちに、緩やかに迫る危機を乗り越え未来を創るといったような気概を感じることはなかった。

そして、10年、20年、30年経ち、不安は現実のものとなった。日本は見事に凋落した。

世界のGDPに占める日本のシェアの推移

出典:IMF World Economic Outlook Databaseより筆者作成

2. 「エクイス・ジャパナ」(私は日本人です)

南アフリカの一地域(ウッパタール村)で、「エクイス・ジャパナ」(私は日本人です)という表現があるらしいとNHKが報じていた。地元の人たちが、ルイボスティーの収穫などで農繁期に人一倍働いた時に、自分を褒める言葉として使うらしい。私は、その村には行ったことはないが、世界各地を巡るたびに、ほぼ例外なく日本人への賛辞をいただいた。多くはアジアの東端からはるばるやってきた旅人への社交辞令であろうが、そうとはわりきれないことも少なくなかった。そして、今世紀に入り、その賛辞は、日本が凋落の一途を辿り続けている中でも、世界の各地に未だに根強く残っている。

「日本のイメージ」と「今の実際の日本・日本人の力」には大きな格差や時差がある。世界各国の普通の人々の日本に対するイメージは依然として「豊かで平和なハイテクの国」であり、日本人は「勤勉実直で信頼できる人々」として世界中の多くの人々の心の中に刻まれている。この傾向は、日本の近隣にあって、必ずしも親日的な教育がなされていない国においても、未だある程度当てはまる。そして、これらに、近年の日本発のアニメ、サブカルやエンタテインメントの影響が重なった。急増するインバウンドによる好意的な発信は世界中を巡り、日本のソフトパワーは益々向上しているとさえ言える。

3. 日本の未来を巡る明暗

国際社会における日本の未来について、乱暴な小括をしてしまうならば、明と暗の二点。

明るい材料は、日本を巡る国際的イメージの素晴らしさ。多くの国・人々は日本に対して好感をもち、日本への強い憧れを抱く人々も少なくない。日本は、「失われた三十数年」を経て、未だ、世界の人々を惹きつける魅力と名声を保ち、近年それはさらに高まりつつある。急増し続けるインバウンドは単なる日本の物価の安さだけによるものではない。

【国家ブランド指数(2023)】

トップ10 指数順位(2023) その他の主な国 指数順位(2023)
日本 1 韓国 24
ドイツ 2 シンガポール 26
カナダ 3 ブラジル 27
英国 4 アルゼンチン 29
イタリア 5 中国 31
米国 6 台湾 32
スイス 7 メキシコ 34
フランス 8 エジプト 36
オーストラリア 9 トルコ 37
スウェーデン 10 インド 38
出典:Anholt-Ipsos National Brand Index 2023より筆者作成

【国家ブランド指数(要素別順位)(抜粋)(2023)】

要素 第一位 第二位 第三位
「私はこの国の生産物を信頼する」 日本 ドイツ 米国
「私はこの国が世界経済のリーダーであると思う」 米国 日本 ドイツ
「ここはほかの場所と異なっている」 日本 エジプト イタリア
出典:Anholt-Ipsos National Brand Index 2023より筆者作成

暗い材料は、リーダーシップや構想力の不在。長年の成功体験は、日本人全体、特に、日本のリーダーシップをひ弱なものにしてしまった。失敗や困難は、人や社会を鍛え、新しい時代を切り拓く活力の源となる。一方、日本が経験したように長年にわたる成功やその結果得た豊かで平和な社会は、人々を鍛えない。長期にわたる経済成長とそれがもたらした果実である平和と繁栄は、人々を甘やかし弱くした。日本人から、よりよき未来を創っていこうとする渇望と遠い未来と広い世界を見渡す視座を奪った。若者たちは、ぬるま湯と同調圧力の中で小さな事柄が気になり、大人たちは、既得権や目先の利益を守るために奔走し続けた。

変革期のリーダーシップについてeラーニングで学びませんか?

無料トライアル
eラーニング 「リーダーシップとは?(初級)」をみる

4. 多様性は善? それともコスト?

以前の所属先で、元ソマリア難民を部下にもったことがあった。彼女一人の存在で、私が統括する部署の打合せはすべて英語になった。ところが、組織の重要な文書や他の部署・外部とのやりとりをすべて英訳することは叶わず、彼女は、仕事の流れからしばしばとりのこされた。

「Boss, do you really need me?」(ボス、私は本当に必要とされているのですか?)

週末、悩みに悩み、週明けの朝、彼女は私のデスクにやってきてこう尋ねる。何度も何度も。彼女は敬虔なモスレムで黒髪を覆うスカーフが深い憤りで揺れている。彼女が私のことを呼ぶとき、名前や役職では呼ばず、常に「ボス」だった。

「あなたが強いリーダーシップを発揮してくれたら、私は死に物狂いでついていきますよ。」

「ボス」という呼び方にはそんな想いが込められていたのであろう。

しかし、内外からちやほやされていた私は、目先の雑事に追われ、彼女の想いに正面から向き合おうとしなかった。私はそのことを今でも深く後悔している。

当時の私の所属先のトップは、「世界で最も尊敬される日本女性」あるいは「小さな巨人」と国際社会から言われていた緒方貞子氏(2019年没)。当時、世界最大の二国間開発援助機関であった米国開発援助庁(USAID。第二次トランプ政権下で廃止)のトップであるナチオス長官は、緒方さんがJICAのトップになるという報に接し、USAIDの全スタッフ対象にメールを送った。

「国際社会で最も尊敬されている『伝説的な存在』(Legendary Figure)が日本の開発援助機関のトップになる」

日本はこれから益々重要になる。アメリカの援助機関としても、真剣に日本と付き合っていこうとする彼の姿勢の表れであった。

元ソマリア難民のスタッフは、そんな緒方さんの国際的名声に引き寄せられ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)からJICAに自ら望んで出向してきていた。難民であった彼女にとって、国際協力とは、まさに彼女とその家族の生き死の問題であった。彼女の国際協力のプロフェッショナルとしての気魄には刮目すべきものがあった。実は、彼女以外にも、現代の侍とも称すべき男女の人財が国内外から集まった。(実名は伏せるがその中には今も国連の幹部などとして国際社会で活躍している者が少なくない。)

しかし、器の小さい上司の私は、元ソマリア難民の彼女の訴えに対して、単にその場を取り繕おうとするだけであった。彼女のみならず、集まってきた「侍たち」の気概を活かし、そして、世界中から日本の国際協力機関に注目が集まっている、という類いまれな状況を活かして、国際開発協力の世界を変えるための勝負に出ることができなかった。井の中の蛙にすぎない私は、優秀な部下や同僚の忖度に甘んじ、外部からももてはやされ、居心地の良いぬるま湯に漬かっていた。等質的なエリートたちに囲まれて楽をしていた当時の私にとって、彼女を含めた多彩な侍たちの存在は重荷であった。多様性とは綺麗事であり、本音では、多様性はコストでしかなかった。

関連コラム:「VUCAとは?VUCA時代に必要なるリーダーシップと人材育成」

組織のダイバーシティ推進・インクルージョン教育をご検討の方へ
「多様性=コスト」という視点を覆し、多様な人財を戦略的に活かす組織マネジメントの手法を学びます。

集合研修・オンライン
「ダイバーシティマネジメント研修」の詳細をみる

5. 多様性=外国人人材雇用の問題か?

障害者雇用促進法に定められた法定雇用率を満たすために、特に対象となった中小企業はさまざまな工夫を凝らしている。そして、そのニーズを満たし、あるいは悩みに応えるためのビジネスも生まれている。特例子会社、雇用代行ビジネス、名目的雇用などさまざまな方策が存在している。その中には本来の法令の趣旨に鑑み疑問視されるものも皆無ではないが、日々ぎりぎりのところでしのぎを削る企業においては、綺麗事だけですまされない現実がある。

外国人人材に関しては、「外国人雇用促進法」のような法令は存在しない。日本のみならず、おそらく世界の主だった国々のどこにも存在しない。日本では、一般に広く理解されているとおり、その労働条件に関し、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱いをしてはならない。」(労働基準法第三条)という法的枠組みがあるのみである。外国人人材の雇用は経営者の裁量に委ねられている。

経営者には予め定まった経営戦略がある。その戦略を忠実に遂行するために必要な人材の確保・活用・育成のビジョンがある。外国人人材を雇用するか否か、どの程度雇用するか、は、それらの経営戦略や人材戦略に即して、決定される。しかるべきリスクや不確定要素を勘案しつつ、ベネフィット(便益)がコスト(費用)を上回る場合において、決定されるのである。

これらは、一見、極めてまっとうな議論である。少なくとも、前世紀までは、それでもよかった。予見可能性が今日の世界よりも遙かに高く、恵まれた国内・国際環境の中で、定められた戦略に則し、勤勉かつ細心に、与えられた職務を忠実に遂行する人材に恵まれた企業集団が世界に受入れられ評価された当時においては、このような議論に疑念を差し挟む者は極めて少なかった。

しかしながら、これが現代においてもあてはまるとア・プリオリに考えてもよいのか?また、そもそも、企業の生存戦略・成長戦略を考える際に、多様性を、「外国人雇用の問題」と捉えることは、正しいことであろうか? 多様性のリスクとポテンシャルは、果たして外国人雇用の問題に矮小化されるものであろうか?

関連コラム:「ビジネスと人権とは?外国人・障がい者・高齢者と共に働く時代に求められる企業の責任」

外国人雇用の適切な管理と法的理解を深める実務講習

資格・検定対策
「外国人雇用管理主任者」講座をみる

6. 「頂上を目指す」と宣言した侍ジャパン

日本サッカー協会は、「JFA2005宣言」で、「2050年までに日本代表がワールドカップで優勝する」という長期目標を掲げていた。そして、2023年3月、第2期森保ジャパンの初のメンバー発表記者会見・始動会見において、「世界一を目指す」ことを明言した。その前年に、ドイツ、スペインを破ったことの自信の表れでもあるが、それだけではないだろう。2022年時点で、欧州5大リーグで活躍する日本人の数はアジア最大(15人)となった。2026年のW杯代表では、26人中23人が海外組となった。

FIFA規則上、W杯出場選手は全員、その代表国の国籍=パスポートを持っている必要がある。さらに、安易な帰化補強を防ぐため、原則として本人・親・祖父母の出生、または居住要件などの「真正なつながり」が必要とされている。日本代表は、26人中、米国生まれの鈴木彩艶選手を除く25人が日本生まれの日本人からなる。他方、キュラソー(25/26)、DRC(21/26)、モロッコ(19/26)など、外国生まれのディアスポラが活躍している例も少なくない。今年のW杯参加国全体では、1248人中289人、つまり4人に1人が「代表国とは別の国で生まれた選手」であり、これは、過去最多水準である。

W杯は今や単なる「国籍別の競技会」ではなく、難民、移民、ディアスポラ、二重の帰属を持つ人々の物語が交差する場になっているともいえる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は2026年W杯前に、こうした選手を象徴的に集めた「Gamechanging Team」(仮訳するなら「世界を変える代表選手たち」)を発表している。これは「難民・強制移動の背景を持つ選手たちが、受け入れと機会を得て世界最高峰の舞台に立った」というメッセージ性の強い企画である。

Gamechanging Teamの主なメンバーとその生い立ち

メンバー名 生い立ち
Alphonso Davies(キャプテン) 両親はリベリアからガーナに難民として避難。本人はガーナの難民キャンプ生まれでカナダに移住。カナダ代表。UNHCR親善大使。
Antonio Rüdiger(セントラル・ディフェンダー) 両親はシェラレオーネの内戦から難民として逃れた。レアル・マドリード所属
Eduardo Camavinga(ディフェンダー) アンゴラ内戦中に生まれる。レアル・マドリード所属。
Victor Moses(ディフェンダー) ナイジェリアから英国に難民として避難。FCカイザー所属。
Asmir Begović(ゴールキーパー) 4歳の時にボスニアから難民として避難。レチェスターシティFC所属。
Mohamed Touré(センター・フォワード) ギニアの難民キャンプで生まれる。ノルウィッチ・シティFC所属
Ali Al-Hamadi(フォワード) 1歳の時、家族とともにイラクから英に難民として避難。イプスウィッチタウンFC所属
Awer Mabil(ウイング) ケニア・カクマ難民キャンプで生まれる。CDカスティヨン所属
Nestory Irankunda(フォワード) タンザニア難民キャンプで生まれる。ワットフォードFC所属
Bernard Kamungo(ウィング) タンザニア難民キャンプで生まれる。FCダラス所属
Ermedin Demirović(ストライカー) 父がボスニアから難民として英に避難。VfBステュッズガルト所属
UNHCRホームページより筆者作成

日本など、「平和で豊かな恵まれた国」にいると、多くの場合、難民や移民は、恵まれないかわいそうな人々であり、庇護の対象としか見られない。とりわけ開発途上国と呼ばれる貧しい国々から日本にやってきた人たちは、低賃金で3Kの仕事も厭わず働いてくれるかわいそうな人々として扱われることが未だに少なくない。

この認識は、経済界や大人の世界に限らない。若い世代にとっても、難民や移民は、第一に「かわいそうな人々」であり、自分達に余裕があれば「庇護の対象」とすべき人々なのである。先月20日、「世界難民の日」に、横浜市が主催するピースサークルという会合が開催された。意識の高い若者たちが集まったこの会合でも、当初の全体のトーンは、そのようなものであった。

「かわいそうな難民たちを(自分達の余裕のある範囲で)助けよう」

しかし、難民経験者から、「難民とは(庇護の対象であるのみならず)未来への投資の対象であると考えるべきだ」という一言で、全体の流れが変わった。

世界難民の日に開催された第二回ピースサークル(横浜市主催)

世界難民の日に開催された第二回ピースサークル(横浜市主催)(出典:Forum2050ホームページ

侍ジャパンに難民経験者はいない。しかし、彼らの多くは日本という「温室」を出て自ら艱難辛苦を求めて海外に渡った経験を持つ。生まれ育った環境、そこで選良として賛美され続ける恵まれた環境を捨て、自ら厳しい環境を求めて旅立ち、言葉や習慣の違いに戸惑いながらも、死に物狂いで競争に勝ち抜いた経験値の持ち主が集ったのが今回の侍ジャパンであった。森保監督が、本気で世界一を目指すと言えた背景には、選手たち一人ひとりの挑戦の蓄積がある。

個人も集団も社会も、「困難にもかかわらず」成功を得る、ではない。「困難と向き合うことゆえに」成功を得るのだと私は思う。そして、多様性とは、そのような価値創造の機会を私たちに与えてくれるものでもある。

講師派遣・オンライン研修

「温室を出て艱難辛苦を求める」侍ジャパンの精神を組織に。グローバル人材育成のための実践的マインドセットを身につけます。

講師派遣研修・オンライン
「グローバルマインドセット研修」の詳細をみる

7. 企業の生存・成長戦略と多様性

企業の生存戦略・成長戦略を考える際に、多様性を、「外国人雇用の問題」と捉えることは、正しくないと私は考える。多様性とは、企業の生存戦略・成長戦略に不可欠である。より広い視野、不確実性の高い現在からより遠くを見通す視座、そして、世界の変化や自分のおかれた状況に対して、等質的な組織集団が構築し得ないような立体的・多角的な視点を与えるものである。

私が長年関わってきた国際開発協力の世界においては、川の上流から下流へ水が流れるように何かが移転されるだけでことが終わるということは極めて少ない、というか、ほぼ皆無である。多くの場合、そこには、異なる文化や価値観の衝突があり、葛藤があり、その違いを超えて新しい価値が生み出されたときに、その事案は持続可能な成功事例となり、その地域に新たな伝統、文化となって根付いていく。

たとえば、日本型協力と銘打って現在各地で行われている初等教育支援は、日本の特活、日直、掃除、給食当番などの仕組みをエジプトやマレーシアなど海外に「移植」しようとするものと理解されがちではあるが、実は、これは大きな誤解である。一連の活動で最も重視されるのは、「共創」である。各地の伝統文化の中に根付いているものと日本の教育文化の衝突・相克を経て、いかに新しい教育文化を創り上げるかという点に現場の専門家は日々腐心している。

エジプトで教師と児童が一緒に清掃

エジプトで教師と児童が一緒に清掃(出典:株式会社パデコ/JICA

教育分野に限らない。日本がタイその他でおこなってきた国民皆保険(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)や高齢者支援などは、日泰の彼我の違いに留まらず、都市部や農村部でのコミュニティの特性を踏まえた制度構築とその定着を目指してきた。経済インフラ分野も然り。インドに対する最大規模の協力であるデリー・メトロは、日本の安全、正確、清潔な公共輸送に関する移転の試みにとどまらない。日印の協力を通じて、女性や低所得者労働階層にも裨益する移動・通勤文化をインドに創造しようとする新たな文化創造の試みである。そして、この試みに、バングラデシュが関心を示すことになり、日印が協働して、バングラデシュの首都ダッカにも展開されようとしている。

異文化間コミュニケーションの基礎を動画で手軽に習得できます

無料トライアル
eラーニング 「異文化コミュニケーション入門」をみる

8. 「新時代」における多様性の意義

コトの成否が儲けの多寡に還元されうるビジネスの世界では、企業活動を推進するに際して、多様性を受入れ、あるいは促進することについては、依然として批判的な声(本音)、あるいは慎重な声(本音)が大きい。最近では政界からもそのような声が出るようになってきた。しかし、これらに対しては、私は慎重な吟味が必要であると考える。とりわけ、「新時代」とされる未来の世界の特性をより考え、より深く広い視点からの考察が求められていると考えている。

紙幅の関係もあり、決して網羅的ではないが、「新時代」における多様性の意義について、足早に考察してみよう。

9. 越境と比較

まず、越境がもたらす比較の視座の価値である。

Googleの共同創業者であるセルゲイ・ブリン(Sergey Brin)は、情報への自由なアクセスに対して持つ人並み外れたこだわりと情熱を持つ人物である。そして、これは、彼の家族と彼自身の厳しい生い立ちを抜きにして説明することはおそらくできないであろう。

「世界中の情報を整理し、誰もが利用できるようにする」という使命をGoogleは謳う。これは、彼が、旧ソ連におけるユダヤ人家庭の出身であり、6歳で渡米した経験から生まれた。旧ソ連における経験だけでも、アメリカにおける経験だけでGoogleは生まれなかった。それらが「相まって」生み出されたものである。

私も若者に対して、国際情勢や国際コミュニケーションについて論じる講義を行う際に、この点は特に強調することにしている。

「日本を知り、自分を知るには、世界を知らなければならない。」

世界の多様な文化、考え方、価値観、行動様式を学ぶことで、日本の立ち位置、自分自身の立ち位置や価値や個性、そして強み弱みが際立って立体的に見えてくる。逆に、日本のみを深掘りし、自分自身を深く内省するだけでは、日本や自分の真価は見えてこない。

この点は、多くの企業の経済活動においても当てはまるのではないだろうか?

関連コラム:「日本企業が直面する外国人採用の壁 採用選考プロセスの変革が未来を拓く」

10. 「VUCA+H」(VUCA+超接続の時代)における生き残り戦略

VUCAという言葉は、もともとは、冷戦構造崩壊後の不透明な世界情勢における軍事用語として生まれた。そして、よく知られているとおり、ビジネスの世界でも頻繁に用いられるようになった。

V

Volatility

変動性

U

Uncertainty

不確実性

C

Complexity

複雑性

A

Ambiguity

曖昧性

+H

Hyperconnectivity(超接続性)

現代人類社会は歴史上前例をみないほど、しかも突出したかたちで、人々が不可避的に結びつく時代に入りつつある。「+H」(超接続性)は、VUCAの四要素を増幅する。

V:Volatility(変動性)
U:Uncertainty(不確実性)
C:Complexity(複雑性)
A:Ambiguity(曖昧性)

要するに、「先の見えない世界をどう生きぬくか?」という問いを立てるための術語である。私は、各地の講演や大学での講義の際に、これに「+H」という見方を足して話すようにしている。

「+H」とは、「Hyperconnectivity」(超接続)である。現代人類社会は歴史上前例をみないほど、しかも突出したかたちで、人々が不可避的に結びつく時代に入りつつある、という視点である。

確かに、「グローバル化は終わり、世界は分断の時代に入りつつある」あるいは「グローバル経済は再びブロック化に向かいつつある」という議論もある。また、アメリカや日本を含む世界各地で「自国ファースト」のスローガンがより多くの人々の支持を集めつつあるという現実もある。しかし、科学技術、特に、通信技術やAIの爆発的な進歩は、これらを大きくしのぐメガトレンドを形成しつつある。しかも、「+H」(超接続性)は、VUCAの四要素を増幅している。この現象は、近年、突如として現れ、そして、ごく近い将来において、加速度的に進展するものと予想される。

今年の7月13日に発表された「We must act now」(私たちは行動しなければならない)には、15名以上のノーベル経済学賞受賞者を含む約200名の経済学者・AI研究者・AI企業関係者が署名した。そこでは、「AIは今後10年で、産業革命以上の経済的変化を、はるかに短期間にもたらす可能性がある」と述べつつ、その変化がプラスのものになるかマイナスなものになるか、については断定を避けている。今の人類社会の英知を結集しても、それを断定できないのだ。ただ、わかっていることは、その変化がもたらす影響が甚大であり、私たちの予想を大きく超えるものであるということだけだ。

共同声明:We must act now(2026年7月13日発表)
15名以上のノーベル経済学賞受賞者を含む約200名の経済学者・AI研究者・AI企業関係者が署名。「AIは今後10年で、産業革命以上の経済的変化を、はるかに短期間にもたらす可能性がある」と述べつつ、その変化がプラスのものになるかマイナスなものになるかについては断定を避けている

今の人類社会の英知を結集しても、それを断定できないのだ。ただ、わかっていることは、その変化がもたらす影響が甚大であり、私たちの予想を大きく超えるものであるということだけだ。

このような世界において、伝統的な目的管理の手法や、戦略策定、計画策定、その実施、見直し、、、、というPDCAの手法は、根本的な見直しを必要とされる。戦略や事業計画というものの「答え合せ」として未来を位置づけるやり方は通じない。戦略も計画も、策定当初の段階から、不断の変化を想定し、状況に応じて、随時、革新、進化を遂げていく必要がある。

そして、それらのImprovisation(時代の流れに応じた即興性を伴う対応)のための不可欠な原資となるのが、多様性である。多様な情報であり、多様な価値観であり、多様な人財であり、多様な関係性であり、それらを踏まえた、多様な行動の共振と反発である。さらに、増大する不確実性の状況下でのリスク管理として、ポートフォリオの多様性が今後益々重視されていく。

VUCA+H時代を生き抜くための、多様な人財を束ね判断を下す力を養う。理論ではなく実践的スキルを身につけます。

講師派遣・オンライン研修
「戦略的思考研修」の詳細をみる

11. 最後に―「未来を創る」とは?―

最近、日本のスポーツ選手のインタビューなどで、「歴史を創る」という言葉が頻繁に登場し、個人的には、多少興ざめしている。

「歴史ってなんだろう?」「そんなに簡単に歴史が創れるものなのか?」

実は、私自身、40年間、国際開発協力という狭い世界にいて、「歴史を創りたい」と密かに思っていた。その言葉こそは発しなかったが、少なくとも「今よりよりよい未来を次世代に遺したい」という強い想いは抱きつつ長年努力してきた。そして、そんな分不相応の野望を抱き続けることから、私自身は多くを学ばせてもらい、幸せな人生を送ることができた。他方で、当たり前のことだが、客観的にみて、私は、歴史を創れなかったし、「より良き未来」に貢献することもなかった。世間は、苦労の多い国際協力に従事した実務者として温かく接してくれたが、中身の乏しいビッグマウスで長年居続けたことについて今は強い罪悪感がある。スポーツ選手の純粋な言葉に辟易するのは、そんな自分に対する恥ずかしさと反省と嫌悪感の裏返しでもある。

しかし今、半世紀近い試行錯誤を経て、「未来を創る」という言葉に対して、新しい意味を模索する自分がいる。少なくとも、「未来を創る」とは、何か望ましい未来を想像し、それに向かって僅かでも歩を進めるという前世紀的な考え方ではいけない、と思っている。そこには、すでに、自らの想像力の貧困を顧みずに自らの稚拙な価値観を押しつけようとする愚かな傲慢さがある。

「未来を創るのは私ではない。次世代である。しかし、このような世界にしてしまった責任の一端は私にもある。では、その責任をどのように全うするのか?」

「VUCA+H」が加速するこれからの時代において、「未来を創る」ための第一歩が、もし仮にあるとすれば、それは、「多様性と向き合う」ことではないか? ビジネスであれ、個々人の生き方であれ、「多様性と向き合う」という姿勢は、私たちの未来への道程において、「新しい景色を私たちに見せてくれる」と私は信じている。
組織人、いや「勤め人」としての長い人生を終え、新しい人生のステージで、国内外の若者たちと日々切磋琢磨する今の私にとって、それは確信に変わりつつある。

筆者近影(戸田隆夫氏)

筆者近影

持続可能な社会と企業の役割を学ぶ基礎講座

無料トライアル
eラーニング 「SDGs入門研修」をみる

監修者情報

戸田 隆夫(とだ たかお)

戸田 隆夫 氏

特定非営利活動法人Forum2050 代表・元JICA上級審議役

プロフィール 京都大学法学部卒業後、東京大学大学院修士、名古屋大学大学院博士(学術)、ロンドン大学大学院課程ディプロマ(環境管理)を取得。独立行政法人国際協力機構(JICA)にて初代平和構築支援室長、人間開発部長、上級審議役(Vice President)、理事長特別補佐等を歴任。日本の国際協力実務の顔として、特に人間の安全保障・平和構築、教育・保健などの分野において世界115か国超を巡り活躍。
現在は特定非営利活動法人Forum2050代表として、普通の人々や次世代の若者たちが自ら支え育てる世界平和の仕組み構築(Imagine2050構想)に向け、以下の活動を中心に展開している。
  • 若者たちとの対話(1万2千人超)
  • 国境を越えた交流会の実施
  • 平和のための教材開発

著書・執筆実績を表示する

【現職】

特定非営利活動法人Forum2050代表/Synspective株式会社監査役/日本国際学園大学特任教授/東京外国語大学連携教授/立命館アジア太平洋大学特任教授/順天堂大学客員教授 他

【著書・執筆実績】

LEC東京リーガルマインドのおすすめ研修

多様性を力に変え、持続可能な組織成長を実現するなら

グローバルな視座を養い、VUCA時代の共創を推進するなら

不確実な未来を切り拓く、次世代の変革リーダーを育成するなら

外国人・グローバル人材育成研修のラインナップ

試験対策研修外国人/グローバル人材研修

講師派遣・オンライン外国人/グローバル人材研修

eラーニング外国人/グローバル人材研修

まずはお問い合わせください!

LEC東京リーガルマインドは貴社の人材育成を成功させるため、講師派遣研修・eラーニング研修・試験対策研修・ブレンディング研修まで、様々なプランをご用意しております。詳細資料のご請求やお見積りのご依頼は、お気軽に法人事業本部まで。

外国人・グローバル人材活用を推進する実務コラム

研修を探す

テーマ別・資格・検定対策・階層別・目的別 研修一覧

資格・検定対策研修から選ぶ

資格・検定対策研修/講座団体受講

階層別で選ぶ おすすめ研修一覧

講師派遣・オンライン eラーニング

PAGE TOP