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サステナビリティ情報開示の義務化〜持続可能な社会と企業価値向上のための取り組みについて解説

サステナビリティ情報開示の義務化〜持続可能な社会と企業価値向上のための取り組みについて解説

本コラムは、2023年3月期以降に開示される有価証券報告書において義務化されたサステナビリティに関する開示について基本概要を解説した上で、①環境、社会、ガバナンス(ESG)、②気候関連情報、③人的資本・多様性の3つについて、どのような情報開示が必要か解説します。

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サステナビリティ情報開示の基本概要

開示が必要とされるサステナビリティ情報は、様々な定義があり得ますが、環境への負荷(典型的には温室効果ガスの排出)、従業員の待遇(健康管理やジェンダー平等)、取引先との関係、人権尊重、腐敗防止(政府職員への賄賂や談合の防止)、サイバーセキュリティ、個人情報保護などのデータセキュリティに関する事項が広く含まれます。有価証券報告書の作成・開示が義務付けられるのは上場企業ですが、近年では、非上場であっても、地球温暖化やジェンダー平等などの社会問題に対する自社の取り組みを「サステナビリティレポート」の形で公表する企業が増えています。機関投資家からの出資を受ける際には、環境負荷への配慮や取締役会の機能強化、人的資本経営の実践が必須です。欧米では会計基準審議会やTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)などの団体が開示すべき項目を詳細に定めています。

日本でもサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開示基準の草案を2024年3月に公表し、2025年3月末までの基準確定を目指しています。業界ごとに開示すべき事項は変わってきますが、サステナビリティ情報開示の基本的考え方・課題を押えておくことは業界を問わず重要です。

開示項目の概要

2023年3月期から、有価証券報告書の冒頭「第一部 企業情報」の中で、以下の3点について記載の充実・新設が義務付けられました。2023年1月31日公布・施行の「企業内容等の開示に関する内閣府令」(金融庁の管轄)に基づくものです。

1.「第1 企業の概況」

【従業員の状況等】の記載欄において、従来は「従業員数」「平均年齢」「平均勤続年数」「平均年間給与」の4点の開示でしたが、加えて「女性管理職比率」「男性育休取得率」「男女間賃金格差」についても開示が必要となります。なお、「男女間賃金格差」の情報開示については、女性活躍推進法に基づいて2022年7月8日からは従業員数301人以上の企業においては開示がすでに義務化済(※)。

※女性活躍推進法に基づく情報開示について
従業員数301人以上の企業は、下表で記載した項目について開示義務を負う。従業員数が101人〜300人の企業は、下記16項目から任意の1項目以上、開示義務を負う。

「女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供」
以下の①〜⑧の8項目から1項目選択

⑨の項目(必須)
「職業生活と家庭生活との両立」
以下の7項目から1項目選択
  1. ①採用した労働者に占める女性労働者の割合
  2. ②男女別の採用における競争倍率
  3. ③労働者に占める女性労働者の割合
  4. ④係長級にある者に占める女性労働者の割合
  5. ⑤管理職に占める女性労働者の割合
  6. ⑥役員に占める女性の割合
  7. ⑦男女別の職種または雇用形態の転換実績
  8. ⑧男女別の再雇用または中途採用の実績
⑨男女の賃金の差異(必須)
  1. ①男女の平均継続勤務年数の差異
  2. ②10事業年度前およびその前後の事業年度に採用された労働者の男女別の継続雇用割合
  3. ③男女別の育児休業取得率
  4. ④労働者の一月当たりの平均残業時間
  5. ⑤雇用管理区分ごとの労働者の一月当たりの平均残業時間
  6. ⑥有給休暇取得率
  7. ⑦雇用管理区分ごとの有給休暇取得率
引用元:女性活躍推進法に関する制度改正のお知らせ(厚生労働省ホームページ)

2.「第2 事業の状況」

【サステナビリティに関する考え方及び取組】の記載欄を新設。①ガバナンス、②戦略、③リスク管理、④指標及び目標の4つに分けて情報開示。人的資本について、「人材育成方針」「社内環境整備方針」は全ての企業が開示すべき、とされているので、②戦略の中で「方針」を示し、④指標及び目標の中で「人材育成・社内環境整備に関する目標数値(例えば、管理職に占める女性の割合や男女間の賃金格差などの改善目標)と実績」を示すことが義務とされます。

人的資本経営に関する事項以外は、企業ごとに何を開示するか自主性に委ねられますが、①と③の記載は義務であるので、①については「取締役会への報告体制や、サステナビリティに関連する特別な委員会の組織・役割」を、③では「自社が直面するリスク・機会の識別・評価方法や報告プロセス」を記載することになります。

インフラ関連企業、建設業や製造業、物流・旅客運送など企業活動において大量のエネルギーを消費する企業においては、「温室効果ガス(GHG)の削減目標と実績値」を④で記載することが一般的です。

3.「第4 提出会社の状況」

【コーポレート・ガバナンスの状況】の記載欄において、取締役会や内部統制を担当する組織の活動状況をより具体的に開示することが義務づけられます。

開示が求められる背景

従来からCSR(企業の社会的責任)やステークホルダー資本主義といった概念が提唱されてきました。CSRは、企業が拠点を置く地域での清掃活動や地元のお祭りでのボランティア活動、子ども食堂への寄付など、企業が社会の一員として人権の尊重や環境への配慮、地域社会への貢献などを行うことを意味します。働き方改革によって残業時間を減らしたり、予防接種やストレスチェック・勤務インターバル制度の導入によって従業員の健康管理を行ったり、パワハラ・セクハラを防ぐ取り組みをしたり、という社内でのコンプライアンス活動も含まれます。ステークホルダー資本主義は、取引先との関係を見直して、下請け企業での人件費や原材料が値上げされた場合に適正な価格転嫁を認めたり、海外の工場において児童労働や不衛生・過酷な労働環境がないかを調査する人権デューデリジェンスを行ったり、というサプライチェーン全体への配慮も求められます。

これらは、株主資本主義(売上を増やしたり、コストを削減したり、新しい顧客を開拓したり、といった企業活動によってより多くの利益を出して、株主への利益還元を増やすことが企業経営者の使命である、という考え方)の行き過ぎに伴う弊害を是正するための概念です。そして、サステナビリティ情報開示は、CSRやステークホルダー資本主義をより深く企業活動に反映させるための手段といえます。 株主資本主義による最も大きな弊害は、土壌や水源、大気へ有害物質を排出する環境破壊、さらには温室効果ガスによる地球温暖化です。先進国も途上国も一致協力して地球温暖化を止めない限り、人類そのものの存続が危ぶまれます。気候変動に関する政府間パネルの報告によると、地球の平均気温を産業革命以前に比べて1.5度までの上昇に抑えることが必要とされます。1.5度を超えると、温暖化に影響を与える事象が連鎖的に起きて、温度上昇が止まらなくなります。この段階を過ぎてしまうと、その時点で温室効果ガスの排出を完全に止めたとしても、気温が上昇し続けます。そして、熱波や豪雨の被害、干ばつによって農作物・漁業にも大きな被害が起きて、海面上昇によって何億人もの人の住まいが失われます。こういった危機感を共有する人が増えているので、環境負荷が大きい企業活動に対しては不買運動が起きる等、社会的評価が著しく下がります。若い世代を中心に、社会課題への貢献を行っている企業で働くことを希望する人が増えています。株主だけでなく、従業員や顧客・取引先、地域住民、行政など幅広いステークホルダーと利益を分かち合っていく考え方が重要となります。

このような状況を背景として、投資家や金融機関は、企業を評価するにあたって、ESG(環境、社会、ガバナンス)に配慮しているか否かを重視するようになっています。多額の利益を上げて時価総額が大きい企業であっても、環境負荷が大きい設備を稼働させていたり、児童労働を放置していたり、経営者が暴走していて監視・抑止の仕組みがなかったり(下請け企業を搾取したり、従業員を過労死させたり、といった社会問題を生む原因として独善的な企業経営者の存在があります)、といった問題行動があると投資家・金融機関はもちろん、顧客、従業員からも見放されます。こういった問題行動がないように社会的に監視するための手段として、サステナビリティ情報開示が必要となっています。

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情報開示に含まれる主なテーマと内容

ESG(環境、社会、ガバナンス)関連情報

ESG(環境、社会、ガバナンス)への貢献として、企業がどのような活動を行っているか、は業種・企業規模によって大きく変わってきます。情報開示においては、当該企業にとって重要な課題(社会的に影響が大きいもの:マテリアリティと呼ばれます)に絞ることになりますが、 絞り込む前にまずは幅広く課題を抽出する必要があります。その際に使える視点としてISO26000が有効です。ISO26000は2010年に発行された、企業や組織の社会的責任に関する国際規格です。 ①組織統治、②人権、③労働慣行、④環境、⑤公正な事業慣行、⑥消費者課題、⑦コミュニティへの参画及びコミュニティの発展、という7つの中核主題が定められています。それぞれの分野で関連する企業活動を下表にまとめました。これらの視点を活用して、課題を抽出することができます。

課題を抽出する際のポイント 関連する活動
組織統治 独善的な決定を防ぐにはどのような仕組みが必要か 監査役・監事の選定方法
取締役会・理事会の充実化
外部の目が入った委員会の設置
人権 個人の人権意識を高めるだけでなく、企業文化も大事 パワハラ・セクハラ等の防止
性別、年齢、国籍などでの差別禁止
労働慣行 キャリア自律(継続的な学習、組織に依存しないキャリアパス)と組織のパーパスとの調和 職場の安全環境ワーク・ライフ・バランス※人材育成は後述「人的資本や多様性に関する情報」の記載項目
環境 どんな組織でも環境への接点はある(廃棄物処理や原材料、梱包材の調達など) 省エネ・省資源
生物多様性の保全(植樹など)
※CO2削減などは後述「気候関連情報」の記載項目
公正な事業慣行 組織のトップが取り組む姿勢を示せているか 独占禁止法、下請法を順守するための社内研修
内部通報・相談窓口の適正な運用
消費者課題 SNSの発展によって、消費者から製品・サービスの不良クレームがあった際の対応の成否が企業の存亡に直結する 消費者とのコミュニケーション強化成分表示、原材料の産地など積極的な情報開示
コミュニティへの参画及びコミュニティの発展 自社が活動の本拠としている地域の特徴、その地域が直面している課題を把握できているか 地域の児童、生徒向けの教育活動
地域のお祭り・イベントへのボランティア参加
参照:やさしい社会的責任ーISO26000と中小企業の事例<解説編>(ISO/SR国内委員会 発行)

気候関連情報

気候関連については、TCFDが2017年に発表した報告書(TCFD提言)に記載された開示ガイドラインがあります。TCFDとは、気候関連の情報開示のガイダンス作成を目的に、G20の金融部門である金融安定理事会によって設立されたTask Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)の略称です。東京証券取引所が2021年6月に改訂したコーポレート・ガナバンスコードにおいて、プライム市場区分の会社は「TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」と明記されていることからも、日本の上場企業の多くはTCFDに即した情報開示を行っています。TCFD提言は下表にある11の開示項目をガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4つに分けて記載するよう定めています。

ガバナンス
  1. ①取締役会による監視体制
  2. ②経営者の役割
戦略
  1. ③リスクと機会
  2. ④ビジネス・戦略・財務計画への影響
  3. ⑤シナリオに基づく戦略のレジリエンスの説明
リスク管理
  1. ⑥リスクを評価・識別するプロセス
  2. ⑦リスクを管理するプロセス
  3. ⑧上記⑥⑦が総合的リスク管理に統合されているか
指標と目標
  1. ⑨リスクと機会の評価に用いる指標
  2. ⑩スコープ1、2(※)の温室効果ガスの排出量
  3. ⑪スコープ3(※)の温室効果ガスの排出量

※スコープ1:当該企業が直接管理する施設や車両からの排出
スコープ2:電力や空調など外部から購入したエネルギーによる排出
スコープ3:原材料の調達や製品の廃棄など製品ライフサイクルの「上流」と「下流」の両方の排出、消費者による製品使用や従業員の出勤・出張による排出など、企業が直接管理するものではないが、企業活動に起因する排出

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人的資本や多様性に関する情報

人材育成・社内環境整備に関する方針の情報開示は、当たり障りのない、きれいな言葉が並んでしまう傾向があります。例えば、「豊富な知識や経験を兼ね備えた多様な人材の育成が必要」「時短勤務や在宅勤務の実施など柔軟な働き方の実現に取り組む」といった方針はどの企業にも通用するでしょう。開示に先立って、まず取り組むべきは「現状把握及びあるべき理想像の設定」です。自社において企業価値を向上させるために必要なスキルセット、人材ポートフォリオの把握を現場部署任せにするのではなく、経営陣も関わって全社的に行うことが大事です。現状の人材ポートフォリオを把握し、その上で、あるべき人材ポートフォリオの目標値を策定する必要があります。そして、部署最適ではなく、全社的にインパクトがある人事施策を定めて、記載するべきです。できれば、採用・育成・抜擢(複数部署を経験させる異動も含む)の3つの場面に分けて具体的な施策(指標の設定)を記載しましょう。

多様性(特に、ジェンダー平等)については、前述のように、「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金格差」の3つについて、改善目標を記載することが必要です。その際、次年度までに達成すべき単年度目標だけでなく、中期目標として、3年後や5年後の指標を示すことも大事です。また、「男女間賃金格差」については、過去の推移(格差が縮小傾向にあるか否か)、発生原因の推測、さらには格差解消のための施策まで突っ込んで開示することが望ましいと言えます。

まとめ 持続可能な社会と企業価値向上の統合

前述のように、地球温暖化問題の深刻化に伴って社会の持続可能性(サステナビリティ)への関心・意識が高まっています。短期的な売上・利益を追求するだけでは、顧客離れはもちろん、従業員のエンゲージメントも低下します。人手不足のわが国においては、環境・社会のサステナビリティへの貢献を中長期的な目標として持つことが、結果的には企業自体の持続可能性・稼ぐ力の向上を達成する近道です。サステナビリティ情報開示の指標の多くはすぐには成果が出ないものです。自社が環境問題や社会問題に対して何らかの取り組みをしているのであれば、財務情報だけの開示では勿体ないです。売上や利益に反映されにくい取り組みの成果をアピールするためには、サステナビリティ情報開示が重要となります。

サステナビリティ情報開示はまだ始まったばかりです。企業において開示内容・程度(具体性)にバラつきがあります。非上場企業においては義務ではなく自主的な取り組みとなるので、さらにバラつきが大きくなります。サステナビリティ情報開示をより充実した、意味のあるものとできるよう、本コラムが少しでも役立てば幸いです。

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監修者情報

反町 雄彦 そりまち かつひこ

株式会社東京リーガルマインド 代表取締役社長/弁護士

1976年 東京都生まれ
1998年 11月 東京大学法学部在学中に司法試験合格。
1999年 3月 東京大学法学部卒業。
4月

株式会社東京リーガルマインド入社、以後5年間、司法試験対策講座の講義を行い、初学者向けの入門講座から中上級向けの講座まで幅広く担当し、多くの短期合格者を輩出した。

2004年 3月 司法研修所入所。
2005年 10月 弁護士登録(東京弁護士会所属)。
2006年 6月 株式会社東京リーガルマインド取締役。
2008年

LEC司法試験対策講座統括プロデューサーを務め、以後、現在に至るまで資格試験全般についてクオリティの高い教材開発に取り組んでいるほか、キャリアデザインの観点から、多くの講演会を実施している。

2009年 2月 同専務取締役。
2011年 5月 同取締役。
2014年 4月 同代表取締役社長。
2019年 4月 LEC会計大学院学長
2023年 東京商工会議所中野支部・情報分科会長に就任
2024年 一般社団法人ラーニングイノベーションコンソシアムの理事に就任

反町 雄彦社長

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