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パワハラ対策は企業努力?パワハラ問題の種類と防止策、取り組み事例
本コラムは、全ての従業員が加害者・被害者にならないようパワハラの定義、発生要因を説明するとともに、人事担当者・経営者向けに企業がパワハラ防止のために採るべき措置を解説します。従業員301名以上の会社ではすでに2020年から義務づけられており、300名以下の中小企業でも2022年4月1日から適用となります。
- おすすめの方
- 適切な指導・業務指示とパワハラとの違いについて知りたい方(部下を持つ管理職)
- 若手社員との意識の違いを感じることが増えてきたベテラン社員、部長以上の上級職
- 法律でどのような措置が義務づけられているか関心を持っている人事担当者・経営者
1.パワハラとはどのような行為?
1-1 パワハラの定義
(1)厚生労働省の認定するパワハラの定義
2019年6月、改正労働施策総合推進法が成立し、以下の三要素をすべて満たす行為がパワーハラスメント(パワハラ)と定義されました。
- ①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって
- ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより
- ③労働者の就業環境が害されること
従業員301名以上の会社では、2020年6月1日から適用となり、パワハラ防止のため、相談体制の整備等の雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられます。従業員300名以下の中小企業では、2022年3月末までは努力義務ですが、4月1日以降は法的義務となります。
(2)業務の限度の範囲を超えた業務指示や業務強要
法律が定めるパワハラ定義の三要素のうち、2番目「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」であるか否か、は上司が部下へ指示や指導をする際に最も判断に迷う要素です。
以下(3)項以降で典型例として挙げる、人格否定や尊厳を侵害する言い方、嫌がらせ、肉体的・精神的苦痛を与えるものは業務の限度を超えていると直ちに判断できますが、それらに至らない境界事例は数多くあります。
例えば、大事なプレゼンに遅刻してきた社員に対して、上司が、その社員を強く叱責してプレゼンの場に立ち会わせることを禁じ、退出させた場合。この叱責は部下自身の成長を主目的とするものではなく、提案先(顧客)へのパフォーマンスが主目的ともいえます。そして、この社員は多大な精神的苦痛を受けるでしょうが、人格否定とまで言えるかは微妙です。もっとも、遅刻の理由が、家族が突然に倒れたり、想定以上の電車遅延であったり、といったやむを得ない事情によるものであった場合を考えると、理由も聞かずに退出させる、という対応はやり過ぎとも思えます。
新入社員向けのビジネス書で「新入社員は給与以下の貢献しか会社に提供できないのだから、就業時間前に出勤して、業界紙を読んで勉強したり、資料整理をしたり、場合によっては机や椅子を拭く等の掃除をすべき」といったアドバイスが書かれていた時代もありました。2000年代初めはベストセラーになりましたが、今は、サービス残業を強要するものとして否定されます。
このように、時代が変わればパワハラの定義も変わり、さらに、世代によって受け止め方も異なります。「自分たちの若いころは上司がもっと厳しかった。」という感じで、過去に自身がやられたことをそのまま部下へ押し付けることは危険です。体育会系の、先輩からされたことをそのまま後輩へやり返す、という発想はパワハラに繋がりやすい考え方なので、要注意です。
(3)相手の人格否定や尊厳を侵害する行為
「罪を憎んで、人を憎まず」という言葉もあるように、ミスをした人への指導は、あくまで、その行為に着目して、何が原因でミスが生じたのか、を冷静に見極めて、どのようにしたら今後は同様のミスを防げるか、という将来志向・建設的なものであるべきです。
「お前はいつもミスばっかりだな。給料泥棒かよ」と言ったり、「ミスを想起させるあだ名」を付けて職場内で呼んだり、といった行為は、過去のミスをその人と一体化して辱めているだけで、将来のミス防止にはつながりません。どんな行為が人格否定や尊厳の侵害となるか否かの判定は「自分が同じことをされたら、どう感じるか」をシンプルに考えることによります。
最近、エンパシーという概念が話題になっています。同じく日本語で「共感」と訳されるシンパシーが情緒的に相手の気持ちを体感することを意味するのに対して、エンパシーは論理的に相手の立場を理解することを意味します。
ミスばかりしている部下や同僚を承認(「あなたは正しい」との評価)することはできなくても、共感(「そういう風に行動してしまう場面もあるね」という理解)はできるはずです。
立場、考え方の異なる人への共感があれば、人格否定や尊厳無視となる言動は自然と控えられます。
(4)嫌がらせ
相手が不快な気分になったら全て嫌がらせに当たる、というのは誤解です。ただし、相手が嫌がるであろうことが分かっていて(故意に)、相手を精神的に追い詰める言動をすることは嫌がらせです。
例えば、特定の部下が相談に来た時だけ、舌打ちをしたり、ぞんざいな対応をしたり、といった行為です。また、「あいつとは雑談したり、ランチ行ったり、という仕事外の付き合いはやめよう」と、職場内での人間関係の切り離し(集団での無視)も典型的な嫌がらせです。
境界事例としては、良かれと思って、アドバイス・指導として、本人が嫌がることを勧める場合です。会議で全く発言しない部下に対して、「会議に来ている以上、何か発言すべきだ。何でもいいから言ってみろ」と促すことは、よく見られる光景です。ただ、他の従業員がいる前で、何度も繰り返し、この種の指導を続けることが有効なのか疑問ですし、場合によっては嫌がらせと認定されることもあり得ます。
他の従業員がいないところでの指導や、会議後のメールでの意見出しを認めるといった配慮が必要になることもあるでしょう。
小中学校でのいじめも、最初は1対1の関係で良かれと思って促したことが相手から拒否され、その拒否をきっかけに人間関係が悪くなって、クラスの他の同級生も巻き込んで、相手を排除・集団で無視する、という発展があります。好意から出たものでも、クラスや職場という狭い空間で同調圧力が強く働く場面では相手を精神的に追い込む結果となる恐れがあることを常に意識しましょう。
(5)肉体的な苦痛や精神的な苦痛を与える(暴力)
暴力は、肉体的なものはもちろん、言葉の暴力(精神的苦痛)も刑法上の犯罪となります。暴行罪は有形力の行使が要件で、被害者の身体に直接向けられたものだけでなく、間接的に影響を与える行為を広く含みます。
例えば、ある企業で新入社員への営業指導として「伝説」となっている、電話機の受話器を手にガムテープでぐるぐる巻きにくっつけて、テレアポを掛け続けるよう強制されるのは暴行罪に該当します(身体への直接の行使)。そして、ある人が座っている近くで物を叩きつけたり、机を蹴ったり、という行為は、身体に直接的に当たらないように気を付けていたとしても、間接的には影響を与えるので、同じく暴行罪となります。
言葉の暴力は、その内容が特定人の評価を下げるものである場合、侮辱罪が成立します。例えば、「〇〇さんは臭い。頭が腐っている」とか「デブ」「ハゲ」といった容姿に関する発言が典型です。
仕事に関する評価を言葉で伝えることは境界事例ですが、他の従業員がいる前で、「〇〇は報告書の誤字・脱字が多いから、小学校の漢字ドリルでもやってもらうか」とか「いつまで経ってもExcel操作を覚えられない〇〇は、認知症なのでは」といった、揶揄する発言をすることは、仮に侮辱罪には該当しないとしても、職場の優越的地位を前提としている場合、パワハラには当たります。
一昔前は、「いじられキャラ」という言葉で、そういう風に言われる存在が職場の潤滑油として認められていた時代もありましたが、現代では、「いじる・いじられる」関係はパワハラ認定されるもの、と考えてください。
1-2 6つの分類と具体例
以上、典型的なパワハラ事案、境界事例を見てきましたが、パワハラを分類すると、以下の6つの類型に整理されます。
①身体的な攻撃
- 前項で暴行罪に該当する、と解説したものが典型です。その他、職場に特有の行為として、他の課員とは全く異なる場所(別室や職場の片隅の資料置き場のようなところ)での勤務を命じるような場所的拘束を伴うものもパワハラと言えます。
②精神的な攻撃
- 前項で侮辱罪に該当する、と解説したものが典型です。人格否定や尊厳を傷つける内容、仕事に関係しない容姿や出身地・出身大学を貶す発言はもちろん、「〇〇君はいつも気楽そうでよいね」とか「何のために給料をもらっていると思っているの?」といった「いじり」の言い方も、口調が穏やかであっても、受け手の心情を大きく損なうものとして、パワハラ認定される可能性が高いです。
③人間関係からの切り離し
- 嫌がらせの項で解説しました。小中学校のいじめでもよく見られる行為です。職場の忘年会・懇親会に一人だけ呼ばない、というリアルな関係はもちろん、社内のイントラネットやスマホのグループチャットから排除する等のネット上の関係でも問題となります。
④過大な要求
- 上司の重要な役割は、部署が達成すべき課題について適切な役割分担を行うことです。部下一人ひとりの得意分野、個性(慎重な性格か、大雑把にスピードで進めるか)に配慮した適材適所の観点が重要です。
故意ではなく、何も考えずに、ある部下の能力に合わない業務を指示してしまう上司は大勢いるので、過大な要求そのものが直ちにパワハラ認定されることはないでしょう。
しかし、その人の能力をはるかに超えた仕事を押し付ける行為がずっと続くと、長時間労働による肉体的疲労を伴ったり、完成度の低い仕事で周囲に迷惑をかけて精神的に落ち込んだり、といった被害が見られることが大半なので、その場合、パワハラ認定される可能性が高いでしょう。
⑤過小な要求
- 過大な要求とは逆に、スキル・知識が十分にあるのに、新入社員がやるような単純作業しか与えなかったり、業務とは関係ない作業(誰も使わない、新聞の切り抜きや統計データの調査・分析など)を指示したり、という行為もパワハラです。
過大な要求は上司の能力不足(認識不足)から誤って行われることがありますが、過小な要求は上司が故意に行っていることがほとんどなので、パワハラ認定しやすいです。社員の自尊心・尊厳を傷つける点で、他のパワハラ類型と同等です。
⑥個の侵害
- 今まで挙げた①〜⑤には該当しないものの「労働者の就業環境が害される」行為は他にもあります。一昔前(昭和や平成の初期)は休日に上司や先輩の趣味に部下が付き合わされる、という光景が多くみられました。
釣りやゴルフへの同伴、上司のホームパーティへの参加などは、仕事とは関係なく、従業員のプライベートな時間を奪う行為として「個の侵害」に当たります。プライベート空間への侵害、という点では、「性」について聞きだす行為も要注意です。「誰か付き合っている人はいるのか」とか「そろそろ結婚しないと、適齢期を過ぎるぞ」といった発言をする人はよほどの時代錯誤です。
さらに、ゲイやレズビアン、トランスジェンダーなど自身の性的指向・性同一性に関する情報はより秘匿性が高いものです。部下から相談を受けた上司が、本人の了解を得ずに他の従業員や職場で暴露することは、アウティングと呼ばれ、近年、様々な場所で問題となっています。
ある大学の法科大学院において、ある男性(被害者)から自身がゲイであることを打ち明けられた人(加害者)が他の友人へLINEで伝えてしまった結果、その被害者が自殺に至った事件において、被害者の遺族は加害者のみならず、大学側も被告として損害賠償の裁判を提起しました。
鈍感な上司の存在は、組織・企業全体を巻き込む事案に発展する恐れがあることに注意しましょう。
1-3 パワハラ以外のハラスメント
最近では、様々なことが「〇〇ハラ」と名付けられることが多くあります。
例えば、2020年にブームとなったアニメ『鬼滅の刃』について、映画を見たか、キャラや有名な台詞を知っているか、を上司が部下に尋ねる行為は「キメハラ」と呼ばれました。大学内の教授と学生との間ではアカデミック・ハラスメント(アカハラ)が問題となり、顧客や取引先からの悪質なクレームや不当要求はカスタマー・ハラスメント(カスハラ)と呼ばれる等、様々です。
企業内で問題となるハラスメントとしては以下の4つを知っておけば十分です。
①セクハラ(セクシュアル・ハラスメント)
- 男性が女性に対して、性的関係を求めたり、体を触ったりして、相手の女性が拒否したところ、女性に対する人事評価を下げて、降格や減給、異動などの不利益を与えること(対価型)が典型です。
なお、男性から女性へ、に限らず、女性が男性に対して、また、同性間であってもセクハラは成立します。
環境型と呼ばれる事案は、労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなる場合です。一昔前は、男性上司が部署内のコミュニケーションの一環として、女性部下の頭をポンポンと叩いたり、ハグしたり、という身体的接触が普通に行われていましたが、これらも、不快に感じる従業員がいれば環境型セクハラと認定されます(接触を受けた女性は了解していても、他の従業員がその様子を見て不快に感じる場合もあります)。
環境型セクハラは様々な事例があります。例えば、職場で女性の水着写真のカレンダーが貼ってあるとか、休憩室にアダルト関連の雑誌が見えるように置いてあったりするのは、意識的に他の従業員へ見せようとしている場合はもちろん、特に意識せずに貼ったり放置していても、他の従業員が目にする場所で行われていれば、環境型セクハラになります。
そもそも、性的な内容の発言は避けるべきです。「デブ」「ブス」といった侮辱的発言はパワハラになりますが、逆に、男性上司が女性の部下へ「スタイルがいいね」「今日もキレイだね」と発言してもセクハラになります。褒めているからよいだろう、と男性は思いがちですが、仕事と関係ない容姿について言及されるだけで、相手が不快に感じることは大いにあり得ます。女性上司が男性部下を褒める場合も同様です。
②モラハラ(モラル・ハラスメント)
- 上下関係などの優位性に関係なく、相手を精神的に追い詰めていくような言動が繰り返し行われる場合がモラハラに当たります。
職場で行われる場合には、パワハラと認定されるケースが多いので、モラハラの典型例は家族間(夫婦間が典型)、恋人同士で、相手を過度に叱責したり、相手の努力(例えば、食事を作ったり洗濯・掃除などの家事)を全否定したりして、相手に精神的な恐怖を与えることです。
③マタハラ(マタニティ・ハラスメント)
- マタハラは、企業内で女性社員が妊娠、出産した場合に、その女性に対して行われる嫌がらせです。
妊娠や出産を理由とした解雇及び労働条件の変更(降格や減給)は男女雇用機会均等法上、違法です。妊娠中の女性は、つわり等の症状で不調を訴えることが多くありますが、その際に、遅刻・欠勤を過度に叱責して、他の男性社員の遅刻・欠勤に比して不利益に取り扱ったりすることはマタハラです。
一昔前は、妊娠した女性に退職を迫ったりする慣行がありましたが、現代では、そのような差別は許されません。
④アルハラ(アルコール・ハラスメント)
- 新型コロナウイルスの感染拡大以降は、会社の飲み会は減っていると思いますが、職場によっては定期的に打ち上げ等で飲み会が行われている場合があり、飲み会の場で、上下関係や罰ゲームなどで一気飲みを強要したり、飲めない人に無理やりお酒を勧めたりするのは、アルハラにあたります。
飲み会の席で男性上司の横に若い女性従業員を座らせて、お酌を強要したり、女性に無理に飲ませたり、という行為はセクハラとアカハラの両方に該当します。
2.パワハラの発生要因・背景
パワハラが起きる最大の要因は、どのような場合にパワハラとなるかの知識・自覚に欠ける上司の存在です。
上司が部下に対して過度に追い詰める言動をした際、部下がそれを注意することは非常に困難です。特に、組織風土として、体育会系で上下関係が厳しい状況であったり、業務量に比して社員数が少なかったり、ノルマがきつかったり、といった環境ではなおさらです。
怒られている従業員は皆の足を引っ張っているのであって、上司はその落ちこぼれを何とか更生させようと努力しているのだ、という雰囲気になりがちです。この場合、加害者である上司は自己の行為が問題であることに気づかず、被害者も自分の能力不足が理由であるとして、社内外の相談窓口へパワハラ被害を申告することをためらってしまいます。
もう1つの環境要因としては閉鎖的な職場であること、が挙げられます。
部署をまたいだ人事異動が少なく、固定的な人間関係が長年にわたって作られている職場です。小中学校のいじめは、教室・学校という場から逃げられないことが深刻化する要因です。会社で働くことは、自らの意思で選んだことであって、本当に嫌になったのであれば、休んだり、場合によっては退職・転職したり、とできるはずです。しかし、パワハラを理由としてうつ状態や自殺に追い込まれる人は、その職場から逃げる、という選択肢を思いつかなくなってしまいます。
ある部署が本社・人事部から距離的に遠く離れていて、長く勤めている所長が部署の全てを仕切っている場合や、ある部署に対する指揮命令権限が社長や取締役会の相互監視から独立していて(例えば、社長の先代の創業者一族が関与している等)、一種の治外法権のように扱われている場合などは、閉鎖的な職場であると評価されます。
3.もしパワハラに直面したら?
1-3 自身がパワハラ被害に遭っている場合
今まで解説してきたように、身体に対する有形力の行使(暴力)や侮辱的な発言は、刑法上の犯罪にも該当するものであり、明らかにパワハラとなりますので、そういった言動を受けた際には、決して泣き寝入りすることなく、被害を受けた証拠を残しましょう。
被害を受けた証拠を残す。
- 社内外の相談窓口へ申告する際にも、ICレコーダーでの録音があれば、具体的な対応が期待できます。最終的に、改善が見られないときには上司個人や会社に対して損害賠償請求の裁判を起こすことになりますが、その際にも証拠が不可欠です。自分の勤め先に対して裁判を起こすことはなかなか勇気が必要ですが、自分以外の被害者を生まないためにも、そして、組織風土を抜本的に改善するためにも、裁判は最終手段として有効です。なお、録音が難しくても、ノートや手帳に日付とともに記録しておきましょう。パワハラの具体的内容(誰が、いつ、どこで、何を、どのように、という5W1Hを網羅)、周囲にいた人物(社内調査や裁判で証人となります)をできるだけ詳しくメモしておきます。
なお、上司による業務指示や部下への指導とパワハラとの境界が曖昧な場合もあります。自身が受けている言動が業務の適正な範囲を超えているか、自身では判断がつかない場合も多いでしょう。仮に企業内に相談窓口が設けられていて、プライバシーが守られていたとしても、急にそういう場へ申告することは躊躇するかもしれません。その場合には社外の相談先を活用しましょう。全国の労働局に設置されている「総合労働相談コーナー」や、厚生労働省が委託事業として行っている「労働条件相談ほっとライン」などがあります。
一般的に適正な指導と言えるためには、①叱責や注意の目的が部下の成長に向けられているか(上司の好き嫌いで場当たり的にされていたり、上司自身の憂さ晴らしが目的であったりしないか)、②叱責の必要性を部下自身が理解し、その後の行動を改善するための気付きを促しているか(周囲から見た時に必要性が感じられない叱責になっていないか)、③注意を受ける人の立場(新入社員か中堅か)やミスをした状況、業務の難易度などを総合的に考慮したうえで、他の同僚がいる場での叱責は避けようという配慮が見られるか、といった判断要素を満たす必要があります。自身では判断できなくても、信頼のおける周囲の同僚にも意見を聞けば、自分が受けている過剰な言動はパワハラに当たるかどうかを判断することができるでしょう。
3-2 周囲がパワハラ被害に遭っている場合
自分の同僚がパワハラ被害を受けている際、両極端の間違った対応があります。1つは上司の側に立って、被害者にさらなる追い打ちをかけること、もう1つは被害者の意思を聞くことなく正義感にかられて社内外の相談窓口へ通報すること、です。
前者でありがちなのは、被害者から相談を持ち掛けられた際に、「この程度は我慢できるはず」とか「あなたの態度がいけない」という風に、被害者側に落ち度があるかのように精神的に追い込むことです。
後者の通報は、被害者自身の意思に沿わないケースもあり得ます(例えば、被害者としてはもっと証拠を集めた上で、社内の相談窓口へ申告しようと思っていたとか、定期異動が終わった後に申告する予定だったとか)。
周囲がパワハラ被害に遭っている場合、見て見ぬ振りをしてしまう人が実際上は多いと思いますが、パワハラが日常的に行われている職場は決して生産性が良いとは言えません。被害者が退職に追い込まれ、その後、裁判が起こされると、場合によっては会社の評判そのものが下落し、取引先や顧客が離れていく最悪の事態もあり得ます。
まずは被害者に声を掛けて、どのようにしたいと考えているか、その意向をじっくりと聞くことから始めましょう。パワハラの証拠(録音やノートへの記録)をあなた自身が集めておいて、被害者と一緒に相談窓口へ申告することもできるよ、と相手の味方になってあげて、その上で話し合うのもよいでしょう。
職場内でパワハラ行為を指摘し、上司と対決することはお勧めしません。上司のパワハラの矛先があなたに向けられる結果となって、状況が複雑化して、解決が遠のく危険性もあるからです。あくまで第三者から冷静に見た立場として、被害者と話し合い、今後のパワハラを防ぐために何をしていくべきか、被害者自身が決められるように支援していくのです。
4.会社・企業がパワハラ対策に取り組む重要性
残業規制や同一労働同一賃金など、いわゆる働き方改革が叫ばれたきっかけは、長時間労働とパワハラでうつ状態となり自殺した若手社員について労災認定が認められたこと、そして、リーマン・ショックという突発的な事情によって多くの非正規労働者が雇止めにあって、仕事はもちろん、住む場所まで奪われて社会問題化したこと、があります。
社員に過大なノルマを課して長時間労働を強制する等、上司が乱暴な言動で部下を鼓舞する職場は「ブラック」と呼ばれ、SNSですぐに話題となります。有名企業がパワハラ事案への対応を誤った結果、世間からの評判を大きく落とし、顧客・取引先が離れていったケースも多く見られます。
「パワハラが横行する職場」イコール「上司が部下の育成を考えていない」、すなわち、人材を使い捨てにする会社です。パワハラの被害者はもちろん、周囲の従業員も(転職しやすい)優秀な人ほど早期に辞めていってしまいます。昭和世代の体育会系上司がパワハラを行った際に、その上司を厳正に処分し、教育し、全ての従業員の意識を高め、二度とパワハラが起きないような再発防止策を徹底すること、これが新しい時代に合うように企業・会社の組織文化を改められるかどうかのメルクマールになるのです。
5.パワハラの対策方法
5-1 相談窓口の設置
上司から厳しい指導、人格否定に繋がりかねない言動を受けた場合、被害者が相談できる窓口を設置することは、パワハラが起きてしまった際に迅速に問題を解決するために必要となりますが、適切に運用されれば、将来のパワハラ防止への抑止力も持ちます。
相談窓口は、社内の人事部に置くよりも、外部の顧問弁護士に依頼した方がよいでしょう。人事部が窓口となっていると、被害者が自身の人事評価へ影響することを懸念して、よほど明らかなパワハラ事案でないと相談せずに、相談した頃にはすでに被害者がうつ状態になってしまい、対応が困難・手遅れという事態もあります。後に述べる、被害者のプライバシー保護の観点からも外部に相談窓口を置いておく方が安心です。
相談を受けた顧問弁護士は、まずは被害者側の主張だけを聞くことになりますが、被害者が集めた証拠の存在などから、パワハラに当たる可能性が高いと判断した場合には、人事部門と連携して、迅速に社内調査(加害者とされる人や周囲の従業員からの聴取)へ移行することになります。
抑止効果を持たせるためには、「パワハラに当たるか否か微妙な案件であっても、上司との人間関係や自身の能力と与えられている業務とのバランスなどに悩んでいる場合には気軽に相談してよいです」と社内で告知して、申告のハードルを下げる取り組みが必要です。
結局のところ、相談窓口を作るだけでは不十分で、部署をまたいだ人事異動が定期的に行われたり、部署が異なる従業員同士が普段からインフォーマルなコミュニケーションをしていたり、社歴や在籍年数に関係なく自分の意見を発言できたり、といった風通しの良い組織文化を作り上げておくことも同時に必要です。
5-2 再発防止への取り組み
(1)マニュアルの作成
法律上、事業主は職場でのパワハラ防止のために、就業規則や社内報、パンフレット、社内ホームページ等、従業員が普段から目にする機会の多い媒体を活用して、何がパワハラに当たるかを従業員へ周知・啓発することが義務付けられます。パワハラ被害に遭った場合の相談窓口の存在も周知します。これがパワハラ対応マニュアルとなります。
もっとも、事前に作成するマニュアルの内容は一般的・概論的な記述になりがちです。パワハラが起きてしまった場合(社内調査を経た上で、パワハラと認定された場合)には、被害者のプライバシー保護に配慮しつつ、実際の事例をマニュアルに盛り込むことで、内容をより自社に沿ったもの、マニュアルを読んだ従業員が、ある行為がパワハラに当たるか否かを判定しやすい内容へ改善することが必要です。
(2)パワハラを起こした社員への教育・指導
パワハラの加害者は、自分の行為を悪いこととは思っておらず、「部下指導をやり過ぎただけ」「被害を訴えた部下が神経質・精神的に弱かっただけで、自分の厳しい指導のおかげで立派に成長した社員の方が多い」「他の部下は自分を支持している」といった誤った認識を持っていることがあります。
このような誤解を正すためには、社内調査の過程で、その上司(加害者)の行為が本当に人材育成に向けられたものか、部下の自覚を促すものになっているのか(単に叱責しているだけではないか)、部下の心情や能力への配慮があったか、といった点を十分に調査することが必要です。
パワハラが認定された場合、その上司は他部署へ異動となることが大半だと思いますが、その場合でも、全くのヒラ社員にまで降格することは稀で、普通は別部署で別の部下を指導していくことになります。その新しい部署で、新たなパワハラ被害を生まないためには、調査内容を上司へフィードバックするとともに、特別な研修を受けてもらったり、360度評価で部下からの本音の意見を伝えたり、といった対応が有効です。
パワハラを繰り返す勘違いは、部下から支持を得ているはず、という誤解に基づきます。この誤解を解く機会を作ることも重要です。
(3)職場全体への、ハラスメントに関する正しい知識のインプット
パワハラが起きてしまうのは組織文化に起因していることが多く、1つの部署で起きたら、他の部署でも潜在的にパワハラの危険性があると考えるべきです。
そもそも、改正労働施策総合推進法によって事業主に義務付けられたパワハラ防止の措置の1つとして、「職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習等を実施すること。」が厚生労働省のパワハラ防止指針で定められているので、パワハラに関する啓蒙の研修は必須です。
また、パワハラが発生しにくい組織文化を創るために、部署内はもちろん、部署をまたいだコミュニケーションの活性化が有効です。パワハラ防止指針でも、「コミュニケーションの活性化や円滑化のために研修等の必要な取組を行うこと。」が定められ、具体的内容として、①定期的な面談の実施によって風通しの良い職場環境や互いに助け合える労働者同士の信頼関係を築くこと、②感情をコントロールする手法についての研修、コミュニケーションスキルアップについての研修、マネジメントや指導についての研修が書かれています。
日本人は同調圧力が強く、組織内での異分子を排除してしまう傾向があります。モーレツ男性社員だけが集まっていた(しかも、終身雇用&年功序列)一昔前の企業とは大きく異なり、今の企業には、性別・年齢はもちろん、働くことへの動機・考え方も様々に異なる人々が集まっています。異分子を排除することなく、適材適所でチームとして成果を上げていくためには、上司のマネジメント能力の向上はもちろん、従業員一人ひとりが上記②に挙がっている、コミュニケーション・スキルの向上(例えば、「アサーション」と呼ばれる型は、自分の考えをいかに相手に受け入れてもらえるかに配慮したコミュニケーションです)に努めることも大事です。
5-3 被害者のプライバシーの保護
相談窓口に申告してきた段階はもちろん、その後の社内調査の過程でも被害者のプライバシーが保護されるよう、最大限の配慮が必要です。上司(加害者)に対して何らかの懲戒処分が下された場合、部署内では、パワハラの被害者が誰なのか、何となく分かってしまうものですが、社内の噂話のような形で、「○○が申告したから、あの鬼上司が異動になったんだ」といった話が広がらないように、当該部署の従業員にもプライバシー保護の啓蒙を行います。
被害者探しが社内で行われるようになると、被害者と名指しされた人が社内に居辛くなって、結局、パワハラを理由として退職に追い込まれるのと同じ結果になってしまいます。その後にパワハラが起きても、被害者は申告をためらってしまう事態を招きます。
乱暴な言動・苛烈な指導を行っている上司は部署全体のパフォーマンスを下げているのであって、たまたまその言動・指導の矛先となった1人の部下が被害者なのではなく、その部署の従業員全員が被害者である、という考え方をすべきです。
被害を申告した人はたまたま、そういう立場にいただけであって、他の従業員もちょっとしたきっかけで、同じ被害者になったかもしれない、という想像力を働かせてもらえるよう、従業員教育が必要になります。
6.まとめ
以上、様々な角度からパワハラ対策について述べてきました。結局のところ、対策として重要となるのは、①従業員一人ひとりの感度・意識付け、そして②風通しの良い組織文化の醸成です。①はエンパシー(共感)を高めることや、コミュニケーション・スキルを高めることであり、②は部署が閉鎖的にならないような部署をまたいだ定期的な人事異動や、社内コミュニケーションの活性化を全社で取り組むことです。
「パワハラ対策」イコール「会社全体の生産性を高めることになる」という視点を持って、社内での啓蒙・研修に注力しましょう。
LECのおすすめ研修
パワハラ防止の研修は①全ての従業員を対象に行われるもの、②部下を指導する管理職向け、さらに、③人事部や相談窓口の担当者向けの3つに分けられます。
①全ての従業員を対象に行われるもの
コンプライアンス研修の一環であり、従業員が業務時間内のスキマ時間に、いつでも・どこでも受講できるようなeラーニングの活用がお勧めです。自社や同業他社で発生しやすいパワハラ事案や、相談窓口の位置づけ等、企業ごとにカスタマイズが必要であることが多いので、LECのeラーニングでは、社内マニュアルをそのまま研修コンテンツとして入れこんで、知識確認テストも企業ごとの内容へアレンジしています。
- おすすめ研修(eラーニング)
- 厳しい指導か?パワハラか?(指導とパワハラの境とは?)
- ハラスメント
- セクシャルハラスメントの知識(上級)
②部下を指導する管理職向け
管理職への昇格前後に行いつつ、部下の世代の違いにも配慮する必要があるので、管理職になった後3年ごとや5年ごと、といった定期的にも行う必要があります。コロナ禍では、集合研修ではなく、オンライン研修が増えていますが、業務上必要な部下指導とパワハラとの違いを具体的に納得させるためには、言葉の暴力を受けるとどのように感じるのか、被害者の立場を実感してもらうロープレが有効であり、集合研修の効果は大きいです。
- おすすめ研修
- ハラスメント対策研修
- 目標管理と部下育成研修
③人事部や相談窓口の担当者向け
パワハラ事案の調査経験がある弁護士の指導も受けつつ、被害者のプライバシー保護や、社内調査での注意点、上司(加害者)への懲戒処分の決め方など、より実践的・専門的な内容の研修を受ける必要があります。厚生労働省が定めるパワハラ防止指針の理解が前提となります。
監修者情報
反町 雄彦 そりまち かつひこ
株式会社東京リーガルマインド 代表取締役社長/弁護士
1976年 | 東京都生まれ | |
---|---|---|
1998年 | 11月 | 東京大学法学部在学中に司法試験合格。 |
1999年 | 3月 | 東京大学法学部卒業。 |
4月 | 株式会社東京リーガルマインド入社、以後5年間、司法試験対策講座の講義を行い、初学者向けの入門講座から中上級向けの講座まで幅広く担当し、多くの短期合格者を輩出した。 |
|
2004年 | 3月 | 司法研修所入所。 |
2005年 | 10月 | 弁護士登録(東京弁護士会所属)。 |
2006年 | 6月 | 株式会社東京リーガルマインド取締役。 |
2008年 | LEC司法試験対策講座統括プロデューサーを務め、以後、現在に至るまで資格試験全般についてクオリティの高い教材開発に取り組んでいるほか、キャリアデザインの観点から、多くの講演会を実施している。 |
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2009年 | 2月 | 同専務取締役。 |
2011年 | 5月 | 同取締役。 |
2014年 | 4月 | 同代表取締役社長。 |
2019年 | 4月 | LEC会計大学院学長 |